声が他人に与える影響にまつわる研究は、単に世俗的な噂話(いわゆる都市伝説的なもの)におさまりません。学術的にもさまざまな研究があり、とくに海外においては生物学関連の研究機関や大学などで取り組まれています。意外に思われる人もいるかもしれませが、学術界ではホットなトピックのひとつともいえます。関連した論文や報告などをみていくと、導き出されるのが『低い声』が異性を魅力する可能性が高いということです。男性の声の魅力は低音で渋みのある声だということ。ではなぜ低い声・渋みのある声の男性は女性にとって魅力的にうつるのか。さらに詳しくみていきます。
┃低い声=進化の勝ち組の証!?
生物学の分野で使われる言葉に、「性的二型(せいてきにがた)」という言葉があります。これは、同じ種類の動物なのにオスとメスの間で「体型」、「からだの色」などに違いがあることをいいます。たとえば、キジやクジャクなどの鳥をみるとオスの方がカラフルで色鮮やかで、メスは比較的地味な色をしています。こういう性別によって違いがあることを性的二型といいます。この性的二型は繁殖と深い関係があると考えられています。霊長類(サルや人間など)でいうと、テナガザルはメス・オスによる違いがほとんどない部類です。そして、テナガザルの群れをみると一夫一婦的に暮らしていることがわかっています。
その一方でゴリラは、一般にメス・オスの体格差が2倍以上あります。そしてゴリラは、一夫多妻的な生活をしています。一夫多妻の繁殖システムでは、繁殖に関わることができるオスの数は限られてしまいます。つまりオス間の異性を勝ち取るための競合が激しくなるとういことです。この環境では「より大きなオスが競争を勝ち抜くのに有利」なため、「オスは体格が大きくなるように」進化してきたと考えられています。
人間はどうでしょうか。現代の人間の場合、一般に男性の方が平均的に伸長高く、体重も重いです。人間の祖先を振り返っていくと、猿人では男性の身長が約1.5〜1.7m(論文によりまちまち)、女性の身長は〜1メートル強だったといいます。次に原人です。こちらも論文による差がありますが、男性の身長が約1.6m〜1.8m、女性の身長が〜1.5mだったといわれ、男女の差が小さくなっています。現代人になると、平均して男女の身長や体重の差は10%くらい。
人類とゴリラに共通した祖先が別の進化をたどるようになったのは、およそ1000万年前といわれます。そしてここから、人類とチンパンジーとして別の進化の道を歩みだしたのが700万年ほど前といいます。ちなみにチンパジーは一夫多妻のシステムだというのが通説です。これら進化の特徴から、人間はもともと一夫多妻だったけれど、今は一夫一婦よりになっていると考えられています。進化の段階で大きな変化はあったものの、男性はもともと多くの女性と関係をもつ社会に生きていたということのようです。
ここで話は声に戻りますが、男性の声は性的二型のひとつの特徴だといわれています。一般に男性の声が低いのは、男性の方が声帯が大きいためです。声の通り道である声道も男性が長く、声帯の長さも男性の方が大きいことがわかっています(平均すると男性の声帯の長さは17~21mmくらい、声の高い女性の声帯の長さは12~17mmくらいの長さとされます)。さまざまな文献でも声が低い男性の方が魅力的だとする女性が多いという報告があります。
もともと競争相手のオスが多かった人間の祖先。その進化の過程のなかで、性的二型が一層進んで声が低くなったといわれています。低い声さは、いってみれば「進化の過程における勝ち組の証」ということです。女性はそこに本能としての直感的魅力を抱くのでしょう。
※人間関係学研究, 椙山女学園大学人間関係学部: p43-46(http://web.sugiyama-u.ac.jp/~ihobe/abstract/kazoku.html)
※京都大学大学院理学研究科・日本人人類学会進化人類分科会ニュースレター
(http://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/evo_anth/symp1006/Newsletter24%2025.pdf)
※THE ROYAL SOCIETY・BIOLOGICAL SCIENCE・Masculine voices signal men’s threat potential in forager and industrial societies(http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/early/2011/07/28/rspb.2011.0829)
┃低い声=強さ・男らしさをアピールする
ここでも、さきほどの性的二型の話がつづきます。低い声はつよい男性を象徴するものだといわれています。一般に霊長類でも、メスよりもオスの方で声帯が大きく低い声が出ます。これは、自分をアピールしてメスに寄ってくるほかのオスを威嚇する効果があるといわれています。この声による威嚇の効果は、女性を引き寄せる以上の役割を果たしてきたと考えられています。男性の声は、女性だけでなく男性に対する影響も大きいということです。
ここにも低い声が進化の過程で必要であった要素ということが隠されています。競争や戦闘などの場面において、低い声というのは、相手に対して「自分はつよい」という「権力」をアピールすることができるといいます。男性から発生される低音の声は、女性に対してよりも男性に対して3倍つよいインパクトを与えるとする報告もあります。この低音の声から発せられるインパクトに「男性としての魅力」を女性はしっかり感じているということです。
|The researchers found that while the depth of the female voices did not affect how attractive they were deemed by male listeners, the situation was very different for the male voices. Deeper male voices were rated as more dominant by men and more attractive by women. |https://www.theguardian.com/science/2016/apr/27/deep-male-voices-evolved-to-intimidate-men-not-attract-women
|But when the scientists probed deeper into the results, they found the link to dominance to be up to three times stronger than the link to attractiveness. That, they say, suggests that the evolution of male pitch might have been influenced more by competition between males than by female choice when picking a mate.|https://www.theguardian.com/science/2016/apr/27/deep-male-voices-evolved-to-intimidate-men-not-attract-women
※THE ROYAL SOCIETY・BIOLOGICAL SCIENCE・Sexual selection on male vocal fundamental frequency in humans and other anthropoids(http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/283/1829/20152830)
※The Guardian(https://www.theguardian.com/science/2016/apr/27/deep-male-voices-evolved-to-intimidate-men-not-attract-women)
┃低い声=繁殖力にプラスの効果あり
声が低い男性は、免疫力もつよく、健康的な男性の証だと報告する研究もあります。ここでキーワードになるのが、男性ホルモンといわれるテステステロンです。テストステロンは、男性にとくに多くみられるホルモンで、筋肉の発達や生殖器の発達にもかかわるホルモンです。低い声の男性は、比較的テストステロンが多く、逆にコルチゾールというホルモンが少ないといされます。コルチゾールはストレスが加わったりすると増えることから、ストレスホルモンともいわれます。この高テストステロン&低コルチゾールの状態が免疫のはたらきに良い効果があり、さらに健康な子供をつくるのに好都合だと考えられています。
※THE ROYAL SOCIETY・BIOLOGICAL SCIENCE・Sexual selection on male vocal fundamental frequency in humans and other anthropoids(http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/283/1829/20152830)
※The Guardian(https://www.theguardian.com/science/2016/apr/27/deep-male-voices-evolved-to-intimidate-men-not-attract-women)
┃大きい声=繁殖力が弱い
声が低いということは、繁殖力にとって優れた効果が期待されるなか、声の大きさについても興味深い報告があります。それは、「声が大きいと精子の数が少ない」というものです。これは、生物学術誌「Current Biology」に掲載されたものです。ホエザルというサルの特性を調べていくと、大きな声を出すオスでは声の大きさをつくるために必要な舌骨(ぜっこつ)の大きさが大きいことがわかったのです。大きいものと小さいものの間で約14倍も違うといいます(舌骨が大きいものは大きな声を出せるということです)。
しかし、大きな声をだすタイプは睾丸が小さいという特徴があることが報告されています。つまり、複数のオスと群れをつくって、よそのグループのオスと競うオスの声はより大きく、睾丸はより小さい傾向があるということです。逆に声で競わなくていいオスは、声が小さく、睾丸は大きかったという報告です。睾丸が小さいというのは精子が少ないことを意味します。これは、声の大きさも女性に対する魅力が変化する可能性を示す調査報告として、注目に値するものです。
※Current Biology・Evolutionary Trade-Off between Vocal Tract and Testes Dimensions in Howler Monkeys(http://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(15)01109-4)