┃体臭は遺伝レベルで決まる!?
体臭については学術的な研究題材としても注目されているということをご紹介しました。近年は、遺伝の分野がとくに飛躍的な伸びをみせています。医療や農業などのさまざまな分野で、遺伝子の研究が貢献しているのは周知の事実です。この遺伝子レベルでの研究が進展したこともあって、ニオイと人間の生理的なメカニズムも少しずつ解明されつつあります。注目したいのは、MHCという遺伝子です。これは「Major Histocompatibility Complex(主要組織適合遺伝子複合体)」の略で、動物がもっている血統としての身分証明書のようなものといわれています。このMHCは人間の場合、HLA「Human Leukocyte Antigen(ヒト白血球抗原)」とよばれています。もともと1950年代に発見されてから、長く免疫のはたらきに関わるものと考えられていました。しかし今では、ほぼすべての細胞や体液にも存在しているということがわかっています。
「このHLAはいわば人間の血統としての身分証明書のような役割をもつ」。そういわれる意味は主に以下の2つの理由があります。
【1】HLAが父親と母親の型を1つずつ受け継いでいるから。
HLAは、両親からそれぞれ受け継いだ2つの型が一対となって1つのセットをつくっています。このHLAのセットの組み合わせはたくさんあり、さまざまなバリエーションがあります。その組み合わせは数万通りともいわれています。このバリエーションの豊かさが、いろいろな外敵からからだを守ったり、自分と自分以外のものを区別する役割をもつというわけです。
【2】自分と他者を区別する。
HLAは免疫と関わりが深く、自分とそうでないものを区別して、外敵とみなされるものを攻撃するはたらきがあります。通常、免疫機能は外敵を攻撃しますが、自分自信を攻撃することはありません(一部の病気などを除いて)。自分と他者をきちんと見分けているということです。HLAは、血統としての(両親から受け継ぐ)、身分証明書(自分であることの証)とよばれるのはこのためです。
このHLA、免疫についてのメリットはさることながら、HLAは尿や汗、そしてニオイ(体臭)にも影響していることが報告されるようになっています。HLA自体がニオイ(フェロモン)ということではありませんが、フェロモンの運び屋としての役割をもっていることがわかっています。体内でフェロモンとなる匂い物質を包み込んで、汗などに混ざって体外に放出されるというのです。そのときHLAのなかにある物質も同時に混ざって放出されます。これが「ニオイ」のもとになると考えらえています。HLAのタイプが違えば、なかにある物質のタイプも違うため、人によってニオイが違ってくるということになるのです。HLAとニオイの関係を次項でさらに詳しくみていきます。
※HLA Laboratory(http://hla.or.jp/about/hla/)
※国立環境研究所・環境リスク研究センター(https://www.nies.go.jp/risk/mei/mei003_5.html)
※Wedekind et al. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 264: p1471-1479, Body odour preferences in men and women: do they aim for speci¢c MHC combinations or simply heterozygosity?(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1688704/pdf/9364787.pdf)
┃父親と似たHLAタイプの体臭に女性は安心感を抱く!?
米国シカゴ大学の研究チームが報告した研究をご紹介します。この研究では、10代から50代の女性をターゲットとしておこなわれています。まず、男性(人種が違う)数名にそれぞれ二晩同じTシャツを着つづけてもらい、それぞれの男性の体臭をしっかりとつけたあと、女性たちにここにTシャツのニオイを評価してもらうというもの。次に「もっとも好きだ」と評価された男性と「好きではない」と評価された男性のニオイを比較しています。さらに、「もっとも好きだ」と評価されたニオイの男性のHLA遺伝型を調べてみると、高評価した女性の父親とのHLA遺伝子のタイプの一致率が有意に高いということが報告されています。HLA遺伝子とは、HLAのタイプを決めている遺伝子です。HLAのタイプは遺伝子で決まるため、理論上では親から子にニオイの一部が受け継がれるわけです。
|Notably, the mechanism for a woman’s ability to discriminate and choose odors is based on HLA alleles inherited from her father but not her mother.|https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11799397?dopt=Abstract&holding=npg
また、そのHLA遺伝子の一致率が高いほど、「好き」の度合いも高くなるという関係性があることも述べられています。しかし、この論文のなかでは女性が評価する基準が「pleasantness, liking」となっているので、「異性に感じる性的な魅力」となるかどうかは少し疑問があります。どちらかといえば、「心地よさ」や「安心感」という表現が適しているようです。
※nature international weekly journal of science・Paternally inherited HLA alleles are associated with women’s choice of male odor(http://www.nature.com/news/2002/020121/full/news020114-13.html#B1)
※Jacob et al.:Nature Genetics 30, p175-179, 2002, Paternally inherited HLA alleles are associated with women’s choice of male odor(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11799397?dopt=Abstract&holding=npg)
┃自分とHLAタイプがかけ離れた体臭に魅力UP!?
異性としての性的な魅力などについて、HLAのタイプを交えつつ議論している論文として、英国・学術誌「The Royal Society」に掲載された「Body odour preferences in men and women: do they aim for specific MHC combinations or simply heterozygosity?」というものがあります。HLAのタイプとニオイと異性選択についての研究はこれだけではありませんが、この論文のなかでは、過去のHLAに関するさまざまな研究が豊富に紹介されていて、それを踏まえた上で議論が進められています。ここで注目したいのは、HLAのタイプが「かけ離れている」男性のニオイほど好印象になるというものです。HLAタイプがかけ離れるほどに女性に選択される(つまり魅力的にうつる男性)になる理由として、著者たちは以下の仮説を提唱しています。
①『異なるHALタイプの異性との間に生まれたことどもは、HLAのバリエーションが豊かになり、免疫分子の多様性がアップする。』つまり、免疫力をあげて環境につよい子孫が残せるようになるということです。
②『近親相関を防ぐため』近親相関は、子孫に対して解剖学的・生理学的にさまざまなトラブルを招くことが知られています。その防止策になるということです。
これらの学説などをみていくと、異性が男性に抱くタイプには以下の2つがあるということがみえてきます。
■一緒にいて安心感がある、心地よさを感じる男性→自分の父親とHLAのタイプが近い男性
■一緒にいて性的魅力を感じたり、刺激がある男性→自分の父親とHLAタイプが差異が大きい(遺伝的に遠い)く、自分とも遺伝的にかけ離れている男性
HLAがニオイ、つまり体臭と関連しているということを合わせると、第一印象でビビッときてしまうモテ男のタイプは後者のタイプということです。「自分とHLAのタイプが近い男性から出るニオイは不快な体臭と感じられ、逆に自分とかけ離れたHLA遺伝子タイプの男性から出るニオイは、異性としての魅力を感じるフェロモンとして受け取られるという可能性が高い」ということ。ニオイに関するメカニズムはまだまだ未知の部分もありますが、恋愛対象として選ばれる男性が必ずしも結婚相手として選ばれるわけでないことがあるのは、HLA遺伝子が関係しているのかもしれません。これは、HLA遺伝子は「恋愛遺伝子」という別名をもっていることからも、異性関係とHLAには密接な関係が考えられているのです。
※Wedekind et al. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 264: p1471-1479, Body odour preferences in men and women: do they aim for speci¢c MHC combinations or simply heterozygosity?(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1688704/pdf/9364787.pdf)
※シャロン・モアレム(著):人はなぜSEXをするのか?―進化のための遺伝子の最新研究, アスペクト, 2010